★この記事で分かること★
- 椎名林檎のアーティストとしてのキャリア
- 椎名林檎の代表曲
- 椎名林檎の現在
皆さん、こんにちは!けんた@ロスジェネ青春マガジン(@lost_gene_mag)です!
90年代後半、日本に突如現れた女性アーティストの椎名林檎。
本日は、初めて椎名林檎の歌を聞きその世界観にノックアウトされた私が、椎名林檎について、お話しさせていただこうと思います。
椎名林檎誕生まで
椎名林檎は1998年にデビューした日本を代表する女性シンガーソングライターです。
埼玉県で生まれ、生まれつき先天性食道閉鎖症を患っていて生まれてすぐに大手術を受け成功するも、体の左右均等に力が入らない後遺症が残ります。
父親の転勤で静岡、そして福岡へ移り住み、高校生のときオーディションに応募。
惜しくもギリギリのところで落選しますが、「プロになる!」決意を固め高校を2年生のときに中退しています。
その後はアルバイトをしながらデモテープを送り続けたり、地元の福岡へ帰りバンドの大会に出てデビューのチャンスを狙う生活を続け、バンドではなくソロでのデビューを打診されました。
そして、1998年『幸福論』で椎名林檎デビュー。
ほぼ同時期に発表された『歌舞伎町の女王』は話題になり、またたく間に椎名林檎の名前は日本中に行きわたりました。
私も『歌舞伎町の女王』を初めて聞いて、椎名林檎の姿を見たときそのカッコよさに衝撃を受けたのをよく覚えています。
学校の同級生と「椎名林檎いいよね!」「かっこいいね!」と盛り上がったのも良い思い出です。
椎名林檎の代表曲
1998年にデビューを果たした椎名林檎の代表曲をまとめました。
本能(1997年10月27日発売)
椎名林檎のシングル売上堂々1位の『本能』です。
ナースに真っ赤な口紅、ハイヒール姿はエロカッコよかったですよね。
歌詞もキワドくてドキドキして惹きつけられました。
ここでキスして。(1999年1月20日発売)
デビューのきっかけとなった審査員の目に止まったというのがこの『ここでキスして。』
無表情の中に色っぽさがあり、衣装や演出のセンスの良さ、巻き舌で歌い上げるところなど今までどこにもいなかったアーティストだと思いました。
20年以上経った今でも色褪せません!
歌舞伎町の女王(1998年9月9日発売)
突如日本中に、「椎名林檎ここにあり!」と存在を知らしめたのが『歌舞伎町の女王』
黒髪にぱっつんボブ、首にはギザギザのチョーカー、頭には小さめのベレー帽をかぶっています。
ファッションはそれまで誰も思いつかなかったというくらい先進的でした。
真似をしたくてもできない…と、躊躇してしまうくらい椎名林檎の世界観でいっぱいでしたね。
椎名林檎の現在。ソロ→バンド東京事変誕生!
シンガーソングライターとして、唯一無二の存在になった椎名林檎は結婚・出産を経て2003年末、一旦ソロ活動は休止しました。
その後、2004年にバンド『東京事変』を結成。
当時椎名林檎が個性的過ぎて、その個性を存分に生かせていないことに悩んでいた事務所が音楽プロデューサーでギタリストの亀田 誠司に託したと言われています。
東京事変はメンバー全員が渋みのある玄人職人で、結成以来熱狂的なファンがついています。
2012年に一旦活動を終了するも、2020年に復活しているのはファンの強い後押しがあってのことかもしれませんね。
まとめ
今回は90年代後半にデビューしてから第一線を走り続けているシンガーソングライター椎名林檎についてまとめました。
ロスジェネ世代には彗星のごとく現れた椎名林檎の存在は眩しく、夢中になりました。
ロスジェネ世代によくある思考
・自分のしたいことより周りを尊重する
・自分がガマンすればおさまるなら黙っておこう
・いただけるお仕事ならなんでもありがたくお引き受けする
こういったロスジェネ世代に染み付いた言動を真っ向から突っぱねるような衝撃を与えてくれた椎名林檎。
彼女のまっすぐで本能的な歌詞、圧倒的な音楽、自分のスタイルを貫く強さ、それらが全て魅力的で平凡な自分でも何者かになれるような気にさせてくれました。
椎名林檎がこれからも椎名林檎であり続け、一線を走り続けるのを追いかけていきたいと思います!
